葬儀・終活コラム

弔辞例文集

弔辞例文集〜恩師・先輩〜

恩師や先輩などお世話になった方が亡くなられ弔辞を頼まれた時のために、会社関係向けの弔辞例文集をご紹介します。

恩師へ①

〇〇先生、私は先生の突然の訃報に接しまして、驚きと悲しみに打ちひしがれています。
ご参列の皆様もきっと同じ思いで駆けつけたのではではないかと思われます。
〇〇学校で、私どものクラスを担当いただいて以来、卒業後も先生をお慕い申し上げて、何かと人生の相談を持ち込みました。
先生は、いつも優しい眼差しと青年のような情熱を持って接してくださいました。
私たちはお話を伺って帰る時、心の重荷がすべて降りたような安堵感を覚えるのでした。
それが、たまらない先生の魅力でした。教え子たちは、先生のお話により、どんなに救われたことでしょうか。また、どんなに多くの悲しみを希望に変えられたことでしょうか。
ところが先生はご家族の方と多くの教え子らを置き去りにして、飄然(ひょうぜん)とあの世に 旅立って行かれました。
これからは、あの興味尽きないお話も、示唆(しさ)に富んだお話も直接うかがうことができなくなるんだと思うと、私は淋しく耐え難い苦痛でございます。
しかし、温(ぬく)もりに満ちた数々のお話しは私の心から消えることはないでしょう。
〇〇先生さようなら。

恩師へ②

先生、今日は先生が〇〇年以上に及ぶ教員生活の中で、育てられた教え子たちがいっぱい集まりました。遠くは〇〇からも来ました。この春卒業したばかりの若者もいます。もう孫のいる熟年もいます。
それなのに肝心の先生の姿が見えません。先生どうか、あの三十余年間にわたって言い続けられた気合いの入った叱咤激励の言葉を、もう一度聞かせてください。
先生は、私たちには、何も強制されませんでした。ただいつも「自立しろ」とおっしゃっていました。それがどんなに大切なことか、私たちは社会に出てから痛切に感じました。
今日、このようにしてお別れするにあたり、私は母校に寄ってまいりました。
玄関前の桜の木も青々と茂り、当時とさほど変わらない風景でした。校内では元気いっぱいの生徒たちが飛びまわっていました。私たちも、当時はきっとあんなふうだったのでしょうね。先生もさぞ、手を焼いたことでしょう。
さようなら先生。先生の捲かれた種は、立派に成長しております。安心してお眠りください。

恩師へ③

〇〇先生、こんなにも早くお別れの言葉を申し上げる日がこようとは思ってもおりませんでした。私たち教え子一同は、悲しみでいっぱいです。
先生は〇カ月にわたる入院生活の間も、いつもの楽しいお話ぶりで、病室を訪ねた私たちと思い出話に花を咲かせてくださいました。退院後も順調な回復をされていると奥様から伺っておりましたので、職場復帰も間近であろうと皆で話し合っておりました。快気祝いのパーティー の計画も持ち上がっていたときで、いまだお亡くなりになったとは信じることができません。
今でも、真っ白なワイシャツを腕まくりされ、黒板に書かれた図式をチョークで示しながら指導されるお姿、放課後の教室で私たちの相談を親身になって聞いてくださったお姿は忘れません。
再び、先生と膝(ひざ)を突き合わせて語り合えないと思うと寂しい限りです。
〇〇先生、さようなら、安らかにお眠りください。

恩師へ④

〇〇先生のご霊前に、心からの哀悼(あいとう)の辞を捧げます。
先生から受けた教えは、学問だけではありませんでした。「何でも精一杯やれ。全力で人生を 切り開け」そんな先生の言葉に、どんなにか私たちは励まされたことでしょう。心から信頼できる恩師でした。
先生、私たちはもう泣くのを止めよう思います。それは「いつでも胸を張って前へ進め」 という先生の教えに反するものだと思うからです。先生の教えを心に、明るく強く生きて行きます。〇〇先生、さようなら。

同僚教師を代表して

〇〇を代表しまして、謹んで〇〇先生のご逝去(せいきょ)を悼み、ご霊前に告別の辞をささげます。
〇〇先生は、教育の道を歩まれて〇〇年。生徒たちのために、一生をささげられました。
〇年前、本校教師に就任されてからも、学校発展のために尽くされたご努力は、私たち誰もが 敬服するところです。その穏やかで高潔(こうけつ)なご人格は、生徒から慕われ、 尊敬されておりました。同時に、父母からも厚く信頼されておりました。
かけがえのないお人を失った今こそ、生徒たちは、〇〇先生のご遺志を継いで、勉学に励まれんことを希望します。〇〇先生、安らかにお眠りください。

教え子へ

〇〇君、君の訃報を受け取った私は、すぐには信じることはできず、しばらくの間、ぼう然とするばかりでした。
君は、先日「先生、久しぶりです。お元気ですか?」と張りのある声で、電話をかけて来てくれましたね。仕事に対し自信が持てるようになったことや、週末はテニスに興じストレス解消して いること、そしてガールフレンドのことなどを生き生きと語ってくれました。君の弾むような言葉から、充実した青春時代を送っていることが感じられました。私はその日は、胸に熱いものを感じ、よく眠れませんでした。その君が、不慮の事故で帰らぬ人となったと、ご家族からお伺いしました。
まだ、〇〇歳、あまりにも早すぎる君の死は、同級生にも衝撃を与えています。私やご両親より先に逝ってしまうとは、無念と言うしかありません。ご家族のお嘆きを思うと、おかけする言葉も思い浮かびません。冥福を祈って、お別れの言葉と致します。

先輩へ

〇〇先輩の悲報はあまりに唐突(とうとつ)でした。私は悲しみよりも人の運命の理不尽(りふじん)さに、むしろぼう然とした思いを強く持ちました。
私たちにとって、かけがえのない先輩が帰らぬ旅に出られたなんて、絶対に信じたくないことです。
先輩は、今まで私たち後輩のために、さまざまな助言と助力を惜しまず、援助の手を差し伸べてくださいました。くじけそうになる私たちに、時には厳しく、時には温かく声をかけてくださいました。〇〇先輩の力強い声を聞くと、失敗したことでも、もう一度やり直すファイトが湧き出たものです。
けれども、もう今は、先輩の力強い叱咤激励(しったげきれい)の声を聞くことが出来ません。悲しくて、寂しくて、いたたまれません。
しかし、後に残されたご家族のことを考えますと、悲しんでばかりいられません。
先輩から受けた多くの教えを、私たちの人生の指針(ししん)として、先輩に恥ずかしくないように、 生きることを誓います。先輩も悲しみも苦しみも無い世界から、私どもを今までと同様に温かく 見守ってください。どうぞ安らかにお眠りください。

部活動の先輩へ

〇〇先輩、いま私たちは深い悲しみのうちに、先輩にお別れを申し上げなければなりません。
我々がいかに先輩を敬愛し頼りに思っていたか、先輩はご存じでしょうか。あの豪放磊落な雄姿で、 我々後輩を力強く引っ張ってくださり、わが部を県大会優勝に導かれたのは先輩でした。卒業されてからも、先輩は私たちの指導に来て下さいました。先輩の気合いの入ったかけ声をもう聞かれないのが淋しいです。
でも先輩、ご安心下さい。わが部は、今や県内では負け知らずの強豪と言われるほどで、全国制覇も 夢では無くなりそうです。その時は部員一同そろってご報告に参ります。どうか楽しみに待っていてください。今日はこのへんでお別れいたします。

同窓会の先輩へ

私たちが敬愛する〇〇先輩と遂にお別れする日が参りました。今、ここに〇〇先輩の御霊に対し、謹んでお別れの辞を捧げます。
「次の同窓会を楽しみにしているよ」と言う言葉が、先輩から聴いた最後の言葉でした。〇月〇日に開かれた同窓会の別れ際の言葉です。
先輩は昭和〇年〇〇を卒業されました。3年後輩の私どもは、先輩の家に押し掛けては、酒をごちそうになったり、社会人としてのノウハウを教えていただきました。そんな私どもも共に50歳となり、60歳となり、見かけだけでは先輩、後輩の見分けがつかなくなりました。それでもなお、「先輩」と呼ぶ私どもに苦笑しておられたお顔を思い出します。
しかし、私どもが先輩を今なお先輩とお呼びするのは、常に私どもに新しい道を示し、陰となり日向となって私どもを叱咤激励してくれたからです。
今、ここに幽明境を異にして、先輩の去られる事は誠に痛恨の極みであり、淋しさに耐えられない気持ちです。
残されたご遺族にご加護を賜ります様、また昨年先立たれました奥様に久し振りに再会されます様、 お祈り申し上げ、お別れの辞と致します。〇〇先輩、安らかにおやすみ下さい。

阿曽 祐三

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